2011年4月5日火曜日

コミュニティの進化

コミュニティの進化について考えてみたい。

おそらく、一番原始的なコミュニティは家族や親戚といった血縁だろう。
これは本能的なもので、特に社会的な進化を必要しないと思う。
人類が三代生存できるようになり、親戚で群れを作れるようになったとき、 生存リスクが大幅に軽減されたことだろう。
誰かが病気になったり、食料が取れすぎたりしたときにもリソースなどを平準化できる。
知識も継承しやすくなる。

その次は、「村」という単位。血縁に対して地縁と表現してもよいかもしれない。
同じ地域に住む人達で形成される共同体で、必ずしも直接的な血縁関係はない。
これによって、さらに生存リスクは少なくなり、また血縁関係にない者との争いも少なくなった。
村に生まれたら自動的にそのメンバーとなる。
 村の存続を最重要課題として行動することを求められる。

安定した食料調達方法、文字、法律と契約、政治、通貨といったものが発明され、「村」は「国」と呼ばれるまでに大きくなった。
これらの発明は現代社会からすると当たり前だが、非常に重要である。これがなければ、国にまで発展しなかっただろう。
先進国においては、餓えたり、内紛に巻き込まれるということは少なくなってきた。
国のシステムを脅かさない範囲で、人々は「移動」ができるようになった。
また、自由経済発明後は特に自由度が高まった。

 1995年頃。パソコンとインターネットが一般に急激に普及し始めた。
情報がbitに変換されて、ほとんど追加コストなしに瞬時にやりとりされるようになった。
そのうちに、通貨、約束、感動、信用といったものもbitを介して表現されるようになってきた。当初はリンク付き文書閲覧ツールだったWebが、eBayのような取引や、Facebookのような人間関係の構築にまで使われるようになってきた。
これまでは物理的な距離や、通信方式のコストと表現能力に縛られていたが、この制約がほぼなくなった。先進国においては、生存を脅かされることも少ない。
そうなると、コミュニティはどう進化してくるだろうか?

 ※たぶん後編に続く

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